かごしまクリエイティブライフ

「クリエイターの鹿児島移住(起業編)

~地方移住を成功させるために大切なこと

鹿児島ではあまり見かけないような洒落たデザイナーズマンション。その1室に株式会社Lucky Brothers & co.はある。学生時代を鹿児島で過ごし、その後東京で就職。2017年に鹿児島へUターンしてきた2人。地元で就職するのではなく会社を興した2人に、移住のことや今後やりたいことなどあれこれ聞いた。

田島 真悟(たじましんご)
株式会社Lucky Brothers & co. 代表取締役社長 / プログラマー

鹿児島高専・九州大学芸術工学部を経て、面白法人カヤックでエンジニアとして従事。特にCanvasやWebGLを使って人を驚かせるようなネタを考えて作ることを得意とし、『短い時間で手軽に楽しめるもの』をモットーとしている。自慢話として、ここ5年間ほど風邪や病気にかかったことがない。両親に感謝!
https://lucky-brothers.co.jp/

下津曲 浩 (しもつまがりひろし)
株式会社Lucky Brothers & co. 取締役副社長 / ディレクター・PR

鹿児島県霧島市出身。大学時代にWebメディアを立ち上げ、その収益を元に暮らしていくことを画策するも、卒業を機に志半ばで断念。その後、編集者としてのキャリアの第一歩として、デジタルマーケティングを手掛ける大手Webプロダクションに新卒として入社。九州の銘菓「ブラックモンブラン」をこよなく愛する。

―よろしくお願いします。お二人が鹿児島へ移住された経緯をお聞かせください。

田島:よろしくお願いします。僕は新卒で横浜にある面白法人カヤックという会社に2年半勤めていました。すごく業界では有名な会社でもあったし、仕事自体も面白かったんですが、実は就職する前から将来は独立したいと思っていたんです。それで、2016年7月に渋谷のco-baというコワーキングスペースで会社を作って独立しました。はじめは1人法人でやろうと思っていたんですが、あいさつ回りでいろいろ声掛けしていたときに下津曲から一緒にやりたいと連絡があって2人で起業したんです。

下津曲:僕は渋谷の会社に新卒で入社して、1年3ヶ月くらい勤めた頃でした。

田島:2人で独立するにあたり、将来的には鹿児島に移ろうと思っていたんです。それで半年ほど東京で仕事をしたあと2017年2月に鹿児島へ移りました。

―ありがとうございます。なぜ鹿児島へ移ってから独立ではなく、東京で半年仕事をされてから鹿児島へ移ったんですか。

田島:理想は独立していきなり鹿児島が良かったのかもしれないですけれど、僕らは仕事を東京でしかしていなかったので、鹿児島は地元だけどコネも何もないから、東京の仕事を回せるコネクションを作ってから移住したほうが良いかもしれないと思ったんです。僕らの仕事はWebの仕事なので、鹿児島に居ても東京のお客さんは引き続きやりとりしてくれるだろうという目論見の元やっていましたね。当初は2年ぐらいかけたら地盤が作れると思っていたんですが、思ったより速いペースでそれができて、半年ぐらいでもういいんじゃないかというところまできたので、移ろうということになりました。

―ありがとうございます。そもそもですが、鹿児島へはなぜ戻ろうと思ったんですか。

田島:そうですね。戻るというか、いろんな拠点を持ちたいと思っているんです。その第1歩が地元鹿児島という感じです。東京にもゆくゆくは事務所を作りたいなと思っています。

―そうだったんですね。先ほど、鹿児島へ移るタイミングとしては、「2年くらいかけたら地盤が作れると思ってたんですが、(中略)半年ぐらいでもういいんじゃないかというところまできた」とありましたが、それは、コネクションなどが整ったからということでしょうか?

田島:確かにそれもあるんですが、あとは直感というか。家や事務所を探しに来たときに、鹿児島中央駅の駅ビルからの景色が良くて。そこでご飯食べながら、ここで仕事できるのめっちゃ楽しみっていう、すっごい沸いてくるものがあって、その時に今やるべきだと確信になった感じでした。

―なるほど。移住するにあたって事務所や家とかはどう決められたんですか。

田島:鹿児島市内には知り合いがほとんどいなかったんですが、同業の先輩に連絡しておススメ物件を聞いたりはしました。ただ、実際は2016年の12月頃にオフィス探しと家探しに日帰りで来鹿して1日で決めたんです。不動産屋をまわってデザイナーズマンションがいいなと思って探したんですが、大変だったのは鹿児島はマンションだとオフィス利用可というところが少なかったことですね。その時点で逆に絞られて2~3軒しかなかったから、意外とすぐ決まりましたね。

―鹿児島で仕事する場合、事務所は鹿児島市内がいいと思いますか。

田島:そうですね。地元は姶良市加治木町なんですが、クライアントに事務所に来ていただくことも多いので鹿児島市内がいいと思います。

下津曲:県内だと、いちばんリスクが低くて、仕事がし易いのは鹿児島市じゃないでしょうか。あとは鹿児島市以外だと10名を超える事業所が入れる物件が少ないイメージがありましたね。

田島:正直、市内事情を知らなかったので、今の場所が最善とは言えませんが。僕らはオフィスを持つこともビジョンのひとつだったので、シェアオフィスやソーホーかごしまなどのインキュベーションスペースは考えなかったですね。

―移住に関して不安はありましたか。

田島:そういうことはよく聞かれますが、僕はそもそも会社を作ったときも不安はなかったですし、鹿児島に移るときもなかったです。自信過剰タイプなので(笑)。そのあたりは下津曲の方があったかもしれないです。

下津曲:はい。不安めっちゃありましたね。鹿児島に移ったら仕事なくなるんじゃないかと。東京である程度仕事ができるようになってきたとは言いつつ、実際、距離が離れるとコミュニケーションのあり方も変わるので、仕事に影響してくるんじゃないかと、ずっと不安感はありました。

―それで実際はどうでしたか。

下津曲:それが、ふたを開けてみたら、これまでどおりというか、変わらなかったです。むしろ結果的にはそれ以上にやりやすくなったというか。

―そうなんですか。それ以上にやりやすくなったというのは。

下津曲:例えば渋谷で働いていると、「新宿で打合せしましょう」と軽く呼び出されることも多いですが、鹿児島と東京だと軽く打合せというのはないんですよね。基本的にビデオ通話かメールで済ませることができるので、オフィスから出なくて仕事ができる。移動のロスがないので制作に集中できる。意外なメリットでした。

―なるほど。ではメリットの話が出たので、鹿児島で楽しみにしていたことなどはありますか?

田島:僕はすべてが楽しみでしたけど(笑)。プライベートの面ですが、ベタに地元の懐かしい友達に普段から会えるとか、親に普段から会えるとかは楽しみでしたし、だいぶ叶えられてると思います。それが地元に戻ってくる意義だし、東京に居たときより充実していると思います。

―逆に困ったことなどはなかったですか。

下津曲:鹿児島市だと、実は、暮らすコストは都内とそんなに変わらないと思いました。家賃もそこまで低くはないし、食料品もそんなに変わらないし、生活コストがかなり抑えられるということは、もっと離島とかにいかないと実感できないかもしれないですね。

田島:東京に比べれば交通も不便ですよね。僕は車があるんですが、下津曲は自転車なので。

下津曲:自転車で行けないところは行かないですね(笑)。どうしても遠出しなきゃならないときはレンタカーを借りています。

―鹿児島に戻られて約1年ということでしたが、鹿児島の企業さんとの仕事はどんな感じなんですか。

田島:普段からあまり地元営業はしていないので、御相談があったときに来るもの拒まずという自然なスタイルで仕事をやらさせていただいています。ただもちろん、すべては引き受けられないですが。1年目はそれほど知名度もなかったので逆に良かったのですが、これから問い合わせなど増えていくと、どう断ればいいか断り方が難しいなとは思っています。

―東京と鹿児島の仕事の割合はどれぐらいですか

田島:東京が大半ですね。鹿児島の仕事を頑張って増やそうというのは実はあんまりなくて、コントロールしようというのもないので、そこは意識していないです。

下津曲:東京の仕事がないと厳しいですし、逆にそれがあったからこそ鹿児島に来られたというのはありますね。

―お仕事の内容はどういったものが多いですか。意識されていることなどはありますか。

田島:僕らのサイトを見てもらったら分かると思いますが、おもしろがって一緒に作ってくれるクライアントさんと、おもしろい広告とかPRとか、ちょっと凝ったコーポレートサイトを作りたいとか、そういうご依頼が多いですね。そこは狙って意識的にやってますね。エンタメ要素というか、それを振り切ってやっているところって、鹿児島はもちろん東京でもあまりいないので。いろんなウェブ制作会社がある中の5%とかそれ未満じゃないですかね。だからそういうことをやりたいと思ったときに東京からわざわざ鹿児島まで依頼が来るというのは、セルフブランディングとして、ずっと意識してやっています。

下津曲:「遠くのすごく優秀な人より近くの声をかけやすい人の方が仕事がしやすい」と聞いたことがありますが、それだと僕らは鹿児島に来た段階で排除されてしまうじゃないですか。それはダメだなと思ったので、独自性を持とうという風になってきたというのはありますね。彼らなら何かやってくれるんじゃないかという期待をもってもらえるところが僕らの独自性かなと思います。何も決まっていないけど、僕らと何かおもしろいことがしたいというご依頼も多いです。

田島:あと鹿児島に移って来るのも戦略的で、客観的に見て移ること自体がイケテルと思ってて。場所にこだわらず多拠点で活動するというのは、そもそも会社のビジョンとして最初から掲げていました。東京ではぼくらのような会社は横並びでいっぱいあるんですけど、実際に行動に移しているところはそんなにない。でもそこをリスクをとってやることで、クライアントさんも応援しようという気持ちになるんじゃないかと思ってたんです。実際そこは、結構想像どおりでしたね。ほんとに戻ったんだ、さすが、やるじゃんって。じゃあもっと応援するために発注増やすよ、みたいな感じで仕事も増えたというのはありますね。8割は自分たちが鹿児島に移りたいという気持ちですが、2割は実際に行動に移したLucky Brothers & co.というブランディングというのもあって、そこはあざとい話だけど成功したかなと思いますね。

―なるほど。鹿児島に移ることもブランディングのひとつとは、すごいですね。それでは鹿児島の仕事についてもお聞きしたいと思いますが、どんなことをされていますか。

田島:鹿児島へ戻ってからずっと、会社のビジョンとして場所だけではなく、事業もひとつのことにこだわらずにやりたいというところがあるので、ウェブ制作をやりつつ、自社コンテンツ、自社事業をやりたいと思っていました。自社アプリ制作とか、今やっているのは、その第3弾ぐらいなんですが、こっちに戻ってきてから1・2ヶ月ずっとブレストして、鹿児島らしいことをやりたいというのと、ウェブ屋として何ができるかという視点で考えて、SNSでのレシピ動画配信と定期販売を組み合わせるカタチに落ち着いた「だいやめキッチン」というのをやっています。

―「だいやめキッチン」をはじめたきっかけはどんなところからだったんですか。

田島:いろいろ調べて焼酎業界について入り込んでいく中で個人的に合うなという感覚もあったし、たまたまの巡り会わせですが、一緒に仕事させてもらってる酒屋さんとのうまもあいました。進める中で思ってたのと違うということがあれば頓挫してたかもしれませんが、いろんなことがうまくいったと感じたので、僕らがやるべきだったんだなという確信に変わっていったというのはありましたね。

だいやめキッチン(DAIYAME KITCHEN)

―焼酎にしたのはなぜですか。

田島:そうですね。ウェブとの相性が良かったのはありますね。例えば温泉とかも候補にあったんですが、それだと鹿児島へ来てもらうのが前提になるし、鹿児島の中だけのインターネットコンテンツになりかねない。その点、焼酎は送れるじゃないですか。通販とかけ合わせられるところが最終的な着地点としてあったので、そこへ持っていけたらいいなと。伸びているものや、もとからある産業など、かなりの候補を洗い出して、そこから可能性がありそうなものにどんどん絞り込んでいくという作業をしましたね。

―なるほど、ウェブとの相性の良さですね。「だいやめキッチン」はSNSでのレシピ動画配信と定期販売が中心ということでしたが、それ以外の活動もされているんですか。

田島:少しずつですがリアルイベントをやっています。例えば東京へ僕らが行ってシェアハウスなどを借りて、焼酎と料理を振る舞うようなイベントですね。次は県内のどこかでやれるように動いてますね。

―なるほど。反響はどうですか。

田島:まだはじめたばかりなんですが、予想以上にメディア関連の方の後押しはすごくて、スタートダッシュはすごく良かったかなと思います。ただスタートダッシュして、いま一周したというか、ちょっと落ち着いたところなので、第2弾、第3弾、どういうPRをやっていくかを考えて動いているところです。

下津曲:ローンチは2017年12月でしたが、インスタの運用をしたり、発送テストしたりという準備期間はその前に半年ぐらいありました。

―半年も準備にかけられたんですね。大変だったことは何ですか。

田島:そうですね、10~15人ほど知り合いに協力してもらって、3回ぐらいテストで送ったんですが、どういう組み合わせがいいかとか、どんな箱がいいかとか、梱包のノウハウを蓄積するのに一番時間がかかりました。ダンボールやロゴとかのデザインまわりにも時間かかりましたね。

―先ほどインスタの運用という話も出ましたが、サービスの認知はどうしてますか。

下津曲:基本的にはインスタグラムですね。広告とかは打ってなくて、あとは僕らのフェイスブック、ツイッターの発信がメインです。

田島:あとは地道な根回しというか、僕らだけではなくて、みんなで盛り上げていけるような、焼酎業界の全員が自分ごとにできるサービスだと思うし、一緒に付属でつけるおつまみだったら、食品業界が自分ごとにできるサービスだと思うので、空いた時間を使って足を運んで、こういうことやろうとしてますと、あいさつ回りをずっとしていました。そういう形で知ってもらった人たちからは、始めたときに、ついに出たんだという感じでシェアしてくれたりして、広がったのは大きかったですね。

―焼酎や食品会社からの協力というのは鹿児島だからやりやすいというのはありましたか。

田島:コミュニティの密度の高さみたいなものはありますね。東京だと人間関係はもっとドライだと思うので、同じことを東京でやろうとしても難しいかなと思います。

―どうやってそういう人間関係というか、繋がりを作ったんですか?

田島:イベントに参加しましたね。焼酎を楽しもう会みたいなのは天文館でちょいちょいやっていたので、足しげく通っている中で出会った酒屋さんがうまの合う方で、鹿児島帰って来て2・3年と僕らと境遇も似ていたので、ウェブとか使っての新しい可能性を模索してた、君らみたいな人に出会いたかったと言われて、そこからはトントン拍子でしたね。出会いの運がよかったです。

―想定と違ったこととかはなかったんですか。

下津曲:そうですね、お酒の取扱が思っていたより大変でした。酒税法ですね。自分たちと酒屋さんが協業で展開していく今回の事業について、やり方に問題がないかどうか、税務署に何度か通って話をしましたね。

―そう簡単にはいかないんですね。鹿児島で仕事をするためにやった方がいいこととか、こういう流れで仕事するといいよみたいなアドバイスはありますか。

田島:僕らも参加させてもらいましたが、鹿児島市主催のクリエイターズオーディション(ビジネスマッチングイベント)の影響は大きいですね。そこで知り合った企業さんからお声掛けいただいて、お仕事につながってるものがありますので、登壇系のイベントに参加されるのは良いと思います。

下津曲:何か発信していくのもいいと思います。鹿児島ではクリエイターが発信しているのは圧倒的に少ないじゃないですか。例えばデザイナーが毎日発信してるものって全然思いつかないし、そこはぽかっと空いている気がしますね。

―なるほど。では、移住して成功する人ってどんな人だと思いますか。

田島:そうですね、例えば、鹿児島に来て東京の仕事だけを愚直にやっていたら、利益率が高いので、「いい暮らし」には近づくと思いますね(笑)。でもせっかくなら地元に貢献したいじゃないですか。だから僕たちは、鹿児島だからこそできることを色々やっていますよ。

―鹿児島の仕事をしながら、東京の仕事もこなす。そういったやり方は可能ですか。

田島:僕らのやり方なら可能ですね。昨年一度も東京へは行ってないんですよ。

―そうなんですね。移住するなら東京との繋がりを持っているのが理想ですか。

下津曲:そうだと思いますね。移住先の情報がわからなければ分からないほど、今の繋がりは持っていたほうがいいと思います。僕らの場合、運用をずっと続けている案件はないのですが、これまでの仕事の中で関係が続いているので、東京からの単発の仕事もご依頼いただけているという感じです。その繋がりは重要です。

田島:ある程度の仕事のクオリティも必要だと思います。僕らで言うとウェブ制作会社の5%を切るぐらいの会社のカラー(独自性)を持っていて、この分野では僕らにしか作れない、出せないクオリティがあるというのを客観的に見てわかっていたので、鹿児島に来てもやれるという自信がありました。とにもかくにもまずはクオリティかなと思うんですよね。だから東京で一回やるのはコネクション作りにもなりますが、単純にスキルの底上げというか、修行というか、クリエイターとして独立したい人には意味のあることだと思います。人間関係も地方だと濃いですけど、クオリティはそれを凌駕すると思いますね。嫌なやつでもクオリティが高ければ発注が来るんじゃないかと思います。仕事とコミュニティの関係って時と場合によると思うので。

―では最後に、今後やっていきたいことはどんなことでしょう。

田島:そうですね、だいやめキッチンに注力していきつつ、その先には組織化ですね。クリエイターの2人が独立してというのはあくまで今の状態というだけであって、大きい会社にしていきたい。一番身近な先輩として宮崎のアラタナさんを見ていたので、ああいうふうな会社になっていきたいなと。

下津曲:僕は、仕事以外でも地方に行ったらこれをやりたいみたいなことってたくさんあると思うんですよ。例えばめっちゃいい温泉巡りたいとか、山に登りたいとか、海に行きたいみたいなのをちゃんとひとつずつやっていきたいですね。それを目標にしています。

―ありがとうございました。



株式会社Lucky Brothers & co.

鹿児島・東京を拠点に活動するWeb企画・制作会社。コーポレートサイト制作、プロモーション、アプリ開発などを行い、企画アイデアの発想から設計・制作までを一貫して行っている。

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